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2013年9月 8日 (日)

いわき市長選に思う

以下は、いわき市長選の告示前にFBにアップしたものだが、いつのまにか誰かに消されていたもの。市長選も終わったので、記録のために改めて載せておく。ちなみに現市長は落選して、いわき市民の良識が示された。

このところ、たびたび渡辺敬夫さんから「知り合いかも」と言ってくる。どうやら市長選が近いせいらしい。もちろん知り合いじゃないし、なるつもりもないけど。
3・11の直後、僕は教え子たちや知人の安否を知るために、一日中パソコンの前にへばりついて、必死にいわきの情報を収集していた。そこで入ってくる情報は、市長の無能ぶりと市役所の危機管理能力の低さを伝えるものばかりだった。
市長は「逃亡した」という流言が飛び交うほど存在感が希薄で、たまに出てきたと思えば、国や県に向かって「助けてぇ」と窮状を訴えるだけという情けない有り様。「あー、この人はいまだに県会議員の意識から抜け出してないんだ。所詮リーダーの器ではないな」と感じたことを覚えている。最近も、原発周辺地域からの避難民に対する市民の反感を「代弁する」という行動に出て、相変わらず市民の苦情を上に伝えるのが仕事だと思っていて、問題解決のために市長としてイニシアティブを取る気などさらさらないことをさらけ出した。
市役所の危機管理能力については、他の被災市町村がいち早く利用したPF(パーソンファインダー)による安否確認を、現場が前向きに検討したのにもかかわらず、上が県の顔色をうかがって止めた件や、東京23区から救援派遣されてきた腕っこきの行政マンたちに、学生ボランティアでも充分な競輪場の救援物資運びをさせた件など、挙げたらキリがない。あきらかに市役所の能力を超える事態が起こっているにもかかわらず、自分たちで仕事を抱え込んでしまったために、パンクを起しているという風に見えた。
案の定、いわきは物資の流通が止まって陸の孤島化し、3月末に僕は友人と山間部に取り残された檀家さんたちのために食糧と医薬品を満載した4WDで駆けつけることとなった。
当時起きたことは、きちんとした備えができていなかったのだから(もちろんそれ自体問題だが)、仕方のない面や同情すべき点はある。しかし、問題はあれから2年以上経つのに、あの「いわきパニック」がなぜ起きたのかについて、きちんとした検証が行われ、再発防止のために具体的な施策が打たれたという話を聞かないことだ。それどころか、「もう忘れてしまいたい」という空気すら漂っている。
現市長は当たり前のような顔をして再選をめざす気でいるらしい。いわきの自民党は、本気でこんな人物を再び推す気でいるのだろうか。だとしたら、あきれる他はない。
今いわきに必要なのは、30年後、50年後、どのようないわきをめざすのか、そのビジョンを語れる人間ではないのか。具体的なビジョンは無理だとしても、50年後のいわきをどのような町にするのか、市民と共に考える姿勢を示せる人間ではないのか。今の市長を再選するということは、いわき市民が「とりあえず、今のままでいい」という選択をするということだ。もしそんなことになったら、もはやいわきには復興も未来もない、と僕は思う。
僕の教え子たちを含めて、いわきの若い世代の人には、自分たちが愛するこの町のために、ぜひ今こそ立ち上がって欲しいと切に思う。

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