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2011年4月19日 (火)

ちょっとだけでも

201104162373 渋谷を歩いてきたカモノハシです。

なんでもPARCというNPOが主催する「野菜にも一言いわせて!さよなら原発デモ」というんだそうです。
わかりやすく言えば「安心して野菜を作りたい」という生産者と、「安全な野菜を食べたい」という消費者を結びつけようという試み。
小さなデモでしたが、大袈裟に「原発反対」を唱えるのではなく、こういうふうに的を絞ってやるのも悪くないでしょう。それぞれの立場でそれぞれの関わり方をしながら、原発の問題を考えてゆけばいいと思います。
ここでも、日本のマスコミよりも海外のジャーナリストの取材の方が目立ちました。

最低なのは、考えると怖いので半径1mの幸せの中に引きこもってしまうヤツ。カタツムリのように自分の殼に閉じこもっているのを見ると「お前の頭はどこにある」と言いたくなる。高円寺で反原発デモをやっているのに出遭ったら、一緒に歩いてみればよかったのに。あのデモについてはいろいろ意見もあるようだけれど、若い人なら、とりあえず一緒に歩いてみて、それからいろいろ考えればいい。それを自分の平穏な日常を掻き乱されたことに腹を立てて、見当違いな批判をするなんて。そんなでんでん虫は、もう僕の教え子ではありません。

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2011年4月14日 (木)

こちらも開幕!

肩まで伸びて後ろで結わえていた髪をばっさり切ったカモノハシです。

めでたくプロ野球が開幕しましたが、僕の授業も同じ日に開講しました。
どの大学の授業でも、新年度第一回目の授業では、まず「どうしてこの授業を取ろうと思ったか」を書いてもらうことにしています。他に、それぞれの授業のテーマに関することも尋ねます。たとえば「どうして教師になりたいと思ったのか」とか。
今年は、それに加えて、「震災以後のこの1ヶ月、何を考えましたか、あるいは何をしましたか」と質問してみました。
皆さん、一生懸命書いてくれたのですが、読んでみて「うーん」と考え込んでしまいました。

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2011年4月12日 (火)

いわんや悪人をや

「悪人だもの」、カモノハシです。

1ヶ月が経ちました。
前にも書いたように、1ヶ月という長さはある程度人間の生理的リズムに合っているらしく、多くの人が(もちろん全員ではありませんが)次のことを考え始めるきっかけとなるようです。依然として危機が進行中の福島を除いては、人々は次第に復興へと足場を移しつつあります。
いわきでも、数日前からようやくガソリンや物資が行き渡るようになり、多くの市民は日常生活を取り戻しつつあるようです。ただ、避難所にいる方たちの環境は相変わらずで、飢えないで済む量の食糧が確保されているとはいえ、けっして人間らしい暮らしとはいえない生活が続いています。こうした生活はあくまで緊急避難的なもので、いくら我慢強くてもそろそろ限界だと思われます。三陸の町のようにただちに再建するのが困難なほどの打撃を受けたわけではないいわき市は、まだまだ充分に余力があるはずです。一刻も早く仮設住宅の建設や民間住宅の借り上げを実施して、避難所を解消し、復興への足がかりを示すべきであると思います。
相変わらずいわき市行政が頼りないので、皆様には、引き続き避難所に避難されている方たちへのサポートをお願いしたいと思います。

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2011年4月 8日 (金)

お花見なう

お花見なう
新宿中央公園で、昼間から花見酒です。

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2011年4月 6日 (水)

花祭り!

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今日耳鼻科へ行って、薬局で薬をもらったついでに新宿中央公園まで足を伸ばしてみたら、桜がすでに5分から7分咲きでした。

それにしても3月は身体のメンテのためとはいえ、いろんな医者にお世話になりました。痔疾に始まり、慢性鼻炎に気管支喘息、さらに眼科の精密検査のために大学病院にも毎週通う羽目になり、実に4つの診療科をはしごすることに。薬代も馬鹿になりません。

そういえば、天罰大将軍閣下が「お花見自粛令」を出したせいで、都内の桜の名所はどこも火が消えたようだとか。たしかに電力事情を考えると夜遅くまで電気を煌々とつけてドンチャン騒ぎはいかがなものかとは思いますが、大将軍閣下はすべての花見を自粛せよとおっしゃっておられるようです。長屋に住む庶民のささやかな楽しみ奪って何が嬉しいのか。

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2011年4月 3日 (日)

6回目のお誕生日に

今日が∨×∨回目の誕生日のカモノハシです。
僕が子供の頃ならば定年退職の年齢です。結局、一度も就職することなく定年を迎えてしまいました。第一がなくて、いきなり第二の人生がスタート(笑)。その余生だって、いつ天災に見舞われて終わるともしれない儚いものです。こうなったら、もう誰に気兼ねをすることもなく、言いたいことを言って、やりたいことをやるしかありません。特に僕より先に死ぬ人たちには遠慮など無用なので、容赦なくいくことにします。

このブログを始めたのが2006年の4月3日ですから、ちょうどまるまる5年目を迎えたことになります。このブログの前身である電脳中世神道研究所の日記から数えると足かけ10年になります。
相変わらず本人の性格もあって、チンタラ更新ですが、これからも、どうかよろしくお願い致します。

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2011年4月 2日 (土)

いわき報告~その2

2日目は朝から昼過ぎまでかかって、床にぶちまけられていた典籍をもとの箱へ戻す作業をしました。結果は先日のブログにアップしたとおりです。

午後は、調査でずっとお世話になってきた故・佐藤孝徳さんのご家族の安否を確認するために、浜の方へでかけました。

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道路の左右は瓦礫の山です。
テレビで毎日のように見せられている光景ですが、やはり実際にその現場に行くと、恐怖感がまったく違います。所詮テレビの中の景色はテレビの中にすぎないという、ものすごく当たり前のことを思い知らされます。
よく政治家などが現地を視察に訪れることをパフォーマンスだと言って批判しますが、たとえパフォーマンスであったとしても見に行くことは悪くないのではないかと思いました。こうした想像を絶するような凄まじい災害の場合、やはり現場に立ってみないと感じ取れないことがあるような気がします。

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いわき報告~その1

いわきへの災害援助活動から帰って来たカモノハシです。
前二つの記事は、現場から携帯でアップした実況中継ですので、改めて簡単に報告しておくことにしましょう。

これまでも時々書いて来ましたが、もう10年以上、S大学のW君と一緒にいわきのお寺の調査を続けています。今回、いわきが地震・津波・原発の三重の災難に遭って、物資が入って来ずに苦しんでいるというニュースを聞いて、日頃お世話になっている人たちに少しでも恩返しをするべく、食糧を持ってお見舞いに行くことにしました。
そこで先日来書いているように、二人で必要な食糧や医療品を買い集めました。蕎麦1200食分、バナナ40㎏、魚肉ソーセージ480本、高野豆腐等の乾物20㎏、しじみの味噌汁200杯分、コーヒー100杯分など。それに子供用マスク600枚や除菌用ウェットティッシュなどの衛生用品類や日用品なども車に積めるだけ積んで、早朝東京を出ていわきに向かいました。

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常磐道に入ったあたりでは、大きなトラックやタンクローリーがたくさん走っていたので、「これがみんな陸の孤島と化しているいわきに物資を届けるために向かっているのか、頼もしいなぁ」などと思っていたのですが、水戸、日立と進んで行くうちにいつの間にかまったく姿が見えなくなって道路はがら空き、時々見かける車は家族を迎えにでも行くと思われる乗用車ばかりになってしまいました。あのトラックたちはいわきに向かわずにいったいどこへ消えたんでしょう。いきなり最初から、いわきに物資が入って来ないということを、実感させられることになってしまいました。
写真だとわかりにくいですが、道路の左右の白線が所々波を打っています。僕は網膜剥離のせいでただでさえ直線が歪んで見えるので、最初は目のせいかと思ったのですが、走って行くと車が上下するので道路自体が地震のせいでうねっているのだとわかります。

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