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2008年5月10日 (土)

間違い探し

Yasukuni2 「靖国 YASUKUNI」 見てきました。

で、「本当に反日的な内容なのか?」と言われれば、「そう思って見る人には、そう受け取れる部分もある」といったところでしょうか。報道される見た人のコメントが実にまちまちであることから、予想していたとおり、見る人の立場によって、様々な見方が出来るような作りになっていました。
たぶん日本人と中国人では、かなり受け止め方が異なるのではないかという気がします。監督が、計算してわざとそういう作りにしたのだとしたら、なかなかしたたか(悪く言えばズルイ)だと思います。

ただ、ドキュメンタリー映画としての出来ばえはどうかといえば、決して賞をいくつも取るほどいいとは思えませんでした。手放しで褒めている著名人たちの讃辞は、まあ一般映画の宣伝と同じで、かなり割り引いて聞く必要があるでしょう。それでも、見る価値はあると思います。特に若い人たちには見てもらいたいと思います。靖国という場所が、外国人、それも中国人の眼にどういう風に捉えられたのか、それを知るだけでも充分価値はあります。その見方が正しいか正しくないかは二の次の問題で、まずどう見えているのかを知ること、それが相互理解の第一歩ではないでしょうか。

それにしても、見た人が皆首をひねるほど、極端な反日メッセージを前面に押し出しているわけでもない映画が、なぜこんな騒ぎを引き起こすことになってしまったのでしょうか。
後になって考えてみると、結局右から左まで皆、稲田議員の売名行為に一杯食わされた感が強いですね。週刊誌の小さな記事をもとに、煽って騒ぎを大きくしたのは彼女です。僕でさえ、この騒ぎで初めて稲田議員の名前と顔を知ったくらいですから。でもって、これだけ騒がれたんだから、ひとつどんな映画だか見てやろうと見に行くと、ちゃっかり石原都知事と並んでご本人登場というわけで、どっちに転んでも得をする仕掛けです。次の選挙が危ういと言われる稲田議員の策略に、皆さんしてやられちゃったということでしょう。

けれど、実はこの一連の映画「靖国」をめぐる騒動の一番の問題点は、映画の内容でもなければ、稲田議員の売名でもないと僕は思います。
映画を批判する人たちは「反靖国=反日的内容だ」(よく考えるとそれも変だけど)といい、擁護する人たちは「言われるほど反日的ではない」「いやむしろ愛日的だ」「外国で賞も取ったいい映画だ」などとおっしゃる。だとしたら、もし仮にこの映画が、強烈な反日的メッセージに充ち満ちていて、しかも賞なんか一個もとってなかったとしたら、どうなんでしょう。公開される前から、「けしからん内容らしい」という噂だけで非難囂々、みんなで寄ってたかってボコボコに叩いて、上映自粛に追い込んでめでたしめでたしということでいいんでしょうか。なんかおかしいですよね。
問題の本質は映画の内容なんかじゃない。たとえ、どんなに反日的な内容であったとしても、そういう映画を作る自由がこの国にはあるし、またそれを観る自由がこの国にはある。そういう国じゃなかったのか、この国は。李纓監督がなぜ19年間も日本に住み続けて映画を撮っているのか、考えたことがあるのだろうか。それは、あの国にはない自由が、この国にはあるからじゃないのか。結局、この映画を押しつぶそうとした人たちは、かの国に欠けているものがこちらにはあるぞと、誇らしげに見せつけるチャンスを自らの手で潰してしまったことになる。
Free Tibet!と叫ぶ前に、まず叫べ、
Free Nippon

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