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2008年2月29日 (金)

団塊の世代への宿題

今日は朝から眼科の定期検診へ。
手術した剥離部分は、くっついているので大丈夫ということだが、やはり網膜に別の病変(黄斑)があるということで、いずれまた手術をしなければならないことになるかもという話。
僕は家系的にも長生きしちゃいそうなので、眼がもってくれないと困るなあ。

Asama などといいながらも、夜は映画を見に行く。
「実録・連合赤軍―あさま山荘への道程」
今日2月28日は、まさにあさま山荘事件が終わった日ということで、若松孝二監督の舞台挨拶つき特別先行上映がテアトル新宿である。
題材からして、胸くそ悪くなるのは覚悟の上で、それでもやはり観に行かずにはいられなかった。事件当時、僕は中学3年生だったけれど、その衝撃はオウム事件の比ではなかったように思う。最も多感で、最もものを考えていた年頃だったせいもあるだろうけれど、あさま山荘に至るあの一連の事件で、僕はいろんなものを見てしまったような気がする。

映画は190分という長尺であるが、長く感じなかったということは、よくできているということだろう。「実録」というとおり、ひたすら事実を再現してゆく。事件を全く知らない若い人にもわかるように、「それでは、ここで説明しよう」みたいな丁寧なナレーション(原田芳雄)が入るので、事実過程をきちんと追ってゆくことが出来る。
自分でも驚いたのは、僕自身、説明されてゆく事件の内容をほぼ正確に知っていたこと、主要メンバーについては、役者さんの顔が映っただけで、それが誰を演じているのかすぐわかったこと。事件の後、高校生になった僕が、いかに事件の詳細を報道する新聞や雑誌を丁寧に読んでいたか、ということだと思う。最後まで残った加藤兄弟などは、出身も近く、年も近かったから、事件を他人事として受け止めてはいなかった気がする。

若松監督は、誰か特定の主人公の心理を描き出そうとしたり、臭い人間ドラマに仕立てたりはしていない。一応、坂井真紀演じる遠山美枝子にカメラは向けられているが、彼女も途中で無惨に殺されてしまう。むしろ淡々と、凄惨な事実を再現してゆく。同じあさま山荘事件を警官隊の側から描いた映画が、感動のドラマであったのとは対照的である。警官隊の2名が使命(職務)のために命を犠牲にしたのに対し、まったく無意味な死に追いやられた12人の若者たち。その事実の重さを伝えるために、あえてドラマとしては描かなかったということだろうか。
しかし、若松監督が余計な解釈をつけ加えなかったことで、結局あの事件は何だったんだ、という根本的な疑問は宙ぶらりんのまま残ってしまった気がする。どこで間違ったのか、何がいけなかったのか。映画の中では、森恒夫と永田洋子の性格的なものに起因するという、一般的解釈以上のものは示されない。だから、見終わって「なるほど、そうだったのか」とはならない。むしろこれは監督からの「あれはいったい何だったんだ」という宿題なのだろうか。

連合赤軍メンバーは、殺された者も含めて、ほとんどがいわゆる団塊の世代である。年長のリーダーたちは、事件以前に捕まるか海外へ逃亡してしまったため、残された団塊の世代メンバーが出口なき袋小路へと暴走したことになる。60年安保以来盛り上がっていた学生運動・社会運動の急激な失速を象徴する事件であったと思う。ひとつ下の世代の僕は、社会を変えようと頑張っているお兄さんお姉さんたちを、頼もしくまた羨ましく思っていただけに、失望もまた大きかった。結局こんな悲惨な形で社会改革の動きを止めてしまったことに対して、団塊の世代の人たちは果たしてきちんと「総括」したのか、という思いはそれ以来ずっと消えない。だって、沖縄の駐留米軍、自衛隊、自民党、今まさに問題になっているもののどれひとつ当時と変わっていない。いや、むしろ悪くなっているかもしれない。それなのに、団塊の世代はバブルを謳歌し、莫大な負債を後の世代に押しつけ、これから豊かな老後を楽しむつもりらしい。「ざけんなよ、てめえら」である。自分たちがあそこで腰砕けになったことを、どう思っているのか。

若松監督は、僕より20歳年長、団塊の世代よりひとつ上の世代である。同世代ではなく、ひとつ上の世代の監督がこの映画を撮ったということ。それは、停年退職を迎え、「そんな事件、あったなあ」なんて遠い眼をしている団塊の世代に、「お前ら、宿題を思い出せ。お前らがあの12人を見殺しにしたんじゃないのか」というメッセージのような気がしてきた。

でも、会場は意外なことに、事件を知らないはずの若い人たちが多く、団塊の世代はほとんど見かけなかった。上映が終わって、会場から一斉に拍手が起きたのには、ちょっとびっくり。会場にいた若松監督への讃辞ということなんだろうけど、重い気持ちで見ていた僕は、一瞬「えっ、何の拍手?」と混乱してしまった。

あとひとつ、特筆すべきは、若い役者さんたちの演技が素晴らしかった。森、永田、坂口を演じた役者さんたちを始め、皆あの時代の若者になりきっていて、違和感が全くなかった。どうしたって今どきの若者の地金がのぞいてしまいそうなものだけれど、それが全然なくて、安っぽいドラマになってしまうのを防いだといえる。これはもちろん監督の演出のたまものであろうけれど、それにきっちり答えた役者さんたちはエライと思う。坂口を演じたARATAくんなんて、もうこれは絶対短歌詠んじゃうだろうな、と思わせる人間性が滲み出てたもん。
おまけを、もうひとつ。赤軍派議長塩見孝也を演じていたのが坂口拓だったので、好演だったけど、「われわれわぁ」というたびに、まわりが「押忍っ」っていうんじゃないかど、ドキドキしちゃった。あ、すいません、わかるひとにしかわからないネタでした。

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