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2008年1月27日 (日)

郵便配達夫は何度もベルを鳴らす

二、三日前の新聞に、昨年小学生と中学生を対象に行われた学力調査の結果、正答率の高かった学校では「書く習慣」や「読む習慣」を身につけさせる授業をしていたという分析結果が出て、文部科学省は「書く力や読解力は国語だけでなく、他の教科でも重要」とみている、という記事が載っていました。
前から「文部省の役人って、バカ?」と思ってはいたけれど、そんなこと今さら言われなく立って、現場に立っている教師なら誰でもわかっていることです。それを十年前の国語科の指導要領改訂で「伝えあう力」などというわけのわからないスローガンを打ち出して、「読み・書き」よりも「話す・聞く」を優先させたのは誰でしたっけ?
僕は長いこと国語科教員をめざす学生を教えていますが、彼らには「お題目はともかく、国語は読み・書きがまず基本だから」とずっと教えてきました。日本語は話し言葉と書き言葉の二層構造をもった言語です。たとえば、「母ちゃん、腹減った」とか「ねぇちゃん、茶、しばけへん?」(関西弁なのに他意はないです)といった内容であれば、話し言葉だけで意思を通じ合うことができます。けれど、すこしややこしいこと、論理的なことや概念的なことになると、書き言葉を介さずに意思を伝えることは難しいでしょう。話したり聞いたりするときも、実は書き言葉が介在しているからです。たとえば「しかいがわるい」という言葉を聞いた人は、頭の中で「司会?視界?歯科医?」といくつかの候補の中から、今の話題や前後の文脈から適当な文字に置き換えることで、意味を理解しています。ちょうどワープロで文章を書くときに、「しかい」と打ち込んで変換キーを押すといくつもの候補が出てくるので、その中から選んで確定キーを押すのと同じ作業を、瞬時の内に頭の中で行っているわけです。それは、人の話を聞くときばかりではなく、話をするときにも同じことをやっています。ですから、読み・書きの能力を鍛えない限り、話したり聞いたりする能力もアップしないのです。そんなこと、国語を教えたことがある者にとっては常識ですが、現場を知らない霞ヶ関の役人には、わからないんでしょうね。
藤原正彦という人は、「品格」だなんて持ち出して、決して好きではありませんが、「小学校から英語を教えるなんて馬鹿げている。英語にコンプレックスを持った大人が、自分が英語が出来ないのは小さいときに始めなかったせいだと思ってるからだろう」と言っているのには大賛成です。日本人が6年間やっても英語がしゃべれないのは、教育のせいではなくて、単に英語をしゃべらなくても生活できるからにすぎないでしょう。宮里藍ちゃんの英語、福原愛ちゃんの中国語、中田英寿さんのイタリア語をみればわかります。彼らは早熟のアスリートですから、学校の勉強にそれほど熱心だったとは思えませんが、皆流ちょうな外国語を話します。英語の専門家でさえも、小学校からやってもあまり意味はないと言っているのに、いったい誰が「小学校で英語を」って言ってるんでしょう。

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2008年1月24日 (木)

北斎展

今日の東京は朝から雪。すいてるかもと思って、仕事の帰りに江戸博で開催中の「北斎展」を見に行ったのですが、結構混んでいました。
お目当ては、オランダとフランスから里帰りした肉筆風俗画。オランダのものはシーボルトコレクションに含まれていたものらしい。
Hokusaiten_2 いやあ、なんとも不思議な絵です。注文を受けて北斎工房で作成した風俗画ということで、絵葉書みたいな絵が多いのですが、「富嶽三十六景」とも「北斎漫画」ともまったく違う北斎です。最初からヨーロッパ人受けを狙って描かれたためか、過剰なまでの遠近法と陰影、派手な色遣いで、なにやら超現実的雰囲気さえ漂っています。おそらく、それまでの日本画の表現からすれば、むちゃくちゃリアルに見えたんでしょうが、今見るとむしろシュールでさえある。何枚も見ているうちに、なんだかルネ・マグリットの絵を見ているような気分になってきました。

この「変な北斎」だけでは客を呼べないからか、後半は北斎の他の著名作品も展示されていましたが、「富嶽三十六景」のキャプションが変に饒舌で、鬱陶しかった。鑑賞の妨げになるキャプションというのも珍しいですが、自分の感想を人に押しつけるような解説というのはいかがなもんでしょうか。最後のコーナーにあった「悪玉おどり」の振り付け図、ぜひ欲しいです。

Suzuriついでに、展覧会をもうひとつ。過日、日本橋三越で、知人の雨宮弥太郎さんの硯展が開かれているので、行ってきました。雨端硯十三代目の伝統を継ぐ、若き硯作家です。風字硯のような伝統的なものから、斬新なデザインのものまで様々でしたが、特に抱月硯(写真)、虚空硯、地精硯が印象に残りました。名前からしてなにやら東洋思想の匂いがしますが、別に名前に惹かれたわけではなく、いいなと思ったものがたまたまそういう名前だっただけです。この三点は、中国の硯にはないある種の「間」のようなものが感じられて、おもしろいなと思いました。興味のある方は、こちら「雨端硯の世界」を訪れてみてください。
ちなみに「あつしザえもん」という名乗りは、以前、雨宮弥太郎さんの個展にお邪魔したとき、芳名帳に名前を書こうとしたら、直前に「坂高麗左衛門」さん(有名な萩焼の家元、惜しいことに若くしてお亡くなりになってしまいました)の名前があったので、「この隣に三文字では格好が付かないので、温左衛門と書こう」と思ったことに始まります。

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2008年1月18日 (金)

Roll Over NORINAGA

この火曜日に今期の「神道概論」の授業が終わりました。
いつもは授業前日に何をやろうか考えて、徹夜でチョキチョキペタペタ資料を作り、授業はそれをもとにしてなんとなくまったりと話を進めるという、どちらかというとゆるい授業をしているのですが、今年の「神道概論」は一念発起してかなりきっちり作り込んでみました。
まず、全13回分のテーマを書き出して、マークさんの特別講義も織り込んで、あらかじめきちんと割り振りました(ついでに毎週着る服も、正月の和服を含めて、毎回全部変えてみたのですが、気づいた人はいないだろうね)。この段階で、入りきらずに泣く泣く棄てたテーマもいくつかあります。それから90分間の授業をダレることなくもたせるために、毎回ふたつのモチーフを扱うことにし、プリントも1モチーフが1枚に収まるようにして、毎週2枚ずつ作ることにしました。それに導入に10分~15分のマクラをつけて、全体で90分になるように構成を考えました。マクラも携帯でネタ帳作って、事前にちゃん講義ノートに書いていきました。ここまでちゃんと計算してやったのは久しぶりです。
おかげさまで、「90分が短く感じた」とか「計画性があってよかった」と、反応も上々でした。僕だってやればできるんだけどね。ただ全部の授業でこれやったら死ぬかも。

Mabuchi 最終回の授業は、国学者の神道を扱いました。ひとことで言えば宣長批判ですが、宣長本人の研究を批判するというよりも、宣長を教祖と仰ぐ、近代の国学的発想を討つ内容です。それにしても、宣長は専門の古典研究の時は格調高いのに、こと中国批判の部分になると品のない、まるで②chに溢れている中国バッシングと同じような口調になってしまうのはどういうわけでしょうね。嫌中派や嫌韓流のルーツも、国学なんでしょうか。やはり国学の最大の問題は、宣長や篤胤が何を言っているかよりも、それが近代を呪縛していることではないかと思います。ちなみに来週から、渋谷区立郷土博物館で「賀茂真淵展」が開かれるようなので、行ってみなくっちゃ。

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2008年1月11日 (金)

あけましておめでとうございます

Nenga2008改めて、皆様、あけましておめでとうございます。
新しい年が、皆様にとってよい年でありますように。

今年は、いきなり松の内から授業があったので、気分も新たに羽織袴の正装で出かけて、「いつもより余計に廻し」た挙げ句、すべりまくったカモノハシです。

年賀状を差し上げることのできなかった方々へ、
こちらが今年の《特別限定版》年賀状でございます。

年が明けてから作ったもので、ほんの数人の方にしかお出しできませんでした。
叡山の経典を食い荒らしまくっているところですので、もちろん天台宗関係の方にはお出ししておりませんです、ハイ。

1 去年の内にお出しした方には、こちらの図案の年賀状を差し上げました。題して、雪舟「涙滴足描鼠図」。「あの伝説は本当だった!」と、日本美術史界を騒然とさせた笑劇の新発見!です。
本当言うと「鼠の絵」と考えた時に、最初に思い浮かんだのがこれで、結局いろいろ捜したけどダメで、当初案に戻った次第。これ見た目はどうってことない落書きですが、実は鳥の子に筆で描いたものに水をかけてにじませ、それをさらにスキャンしてパソコン上で様々なエフェクトをかけて、床板の木目まで再現した凝った作りです。といっても、作成時間は1時間ほど。「偽」の年であった、昨年にふさわしいと思ったんですけどね。

というわけで、 「正月からいきなり笑いをとってどうする!」という反省から、年が明けてからは「頼豪鉄鼠図」に切り替えた次第。
今年は、真面目にやりたいと思います。

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2008年1月 1日 (火)

今年もよろしく

あけましておめでとうございます。

年が明けたと同時に見に来てくださった方もあるようなので、せめて新年のご挨拶ぐらいしないと申し訳ないと思い、更新することにしました。

今年最後の3日間は合計睡眠時間が9時間、最後はカフェインの錠剤を飲みながら、1日4コマの授業をなんとか乗り切り、夜の街をカートをガラガラ引きながら、腐女子軍団と入れ替わりに帰宅したカモノハシです。辛うじて年越し蕎麦だけは買いましたが、お正月の支度は何もしてません。さて、どうしようかな。

Tnm 東博は2日から開館で、2日の日は常設展示が無料開放だそうです。博物館も独法化してから、いろいろ客集めに大変みたいですね。
新春特別展示として、鼠を描いた絵や彫刻を展示する企画もあるようですが、目玉は『鼠草子』くらいで、やはり鼠を題材にした名品は少ないようです。僕はとっておきの名品を見つけたのですが、これ、東博に飾るわけにはいかないしなあ。
博物館に初もうで」というキャッチ自体は悪くないと思いますが、「それならいっそのこと元旦からやれよ」という気はします。

新年の抱負といっても、これといってないですが、少々ゆえあって、2月、3月に、『大和葛城宝山記』を読む短期集中の研究会をやるかもしれません。興味のある方は、ぜひご参加下さい。詳しくはいずれまた。

それでは、皆様、今年もよろしくお願い申し上げます。

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