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2007年8月16日 (木)

終戦の日に

今朝、仕事に行く途中、喪服を着て杖をついた90歳近いと思われるお婆さんが、地下鉄の駅に降りるエレベータを待っているのを見かけました。日本武道館か千鳥ヶ淵へお出かけになるのでしょうか。熱中症の危険もあるこの炎天下にも拘わらず、きちっとした喪服を身につけていらっしゃることと、そのお年から察するに、夫か兄弟を戦争で亡くされたのでしょう。バスの中からその後ろ姿を見ながら、「ああ、戦争を大人として直に体験した世代は、もはやこんな年なんだ」と、ぐっと胸に迫るものがありました。
近年、自分たちが戦場で何をしたのかについて、重い口を開いて語り始めた元兵士の老人たちの存在が目に付きます。おそらく彼らは、日本がこのまま平和で繁栄してゆくようであれば、自分たちが見たこと、聞いたこと、あるいはやったことについては、家族にも語らず、じっと自分の胸の奥にしまったまま、墓場まで持ってゆくつもりであったのではないでしょうか。しかし、そんな彼らを心変わりさせ、重たい口を開く決心をさせるような何かが、今の世の中の状況にはあるのだと思います。自分たちの子供の世代、あるいは孫の世代にあたる人たちが、「美しい国」だの「普通の国」だのときれい事を言いながら、再び国民を戦場に送るための準備を着々と進めているのを見て、戦争の真実を子や孫にきちんと伝えてこなかった自分たちにも、その責任の一端があることに改めて気づいたのではないかと思います。しかし、彼らに残された時間は、あまりにも少ない。難に遭ってから武器を鋳、喉が渇いてから井戸を掘っても、間に合わないのです。

それにしても愚宰相シンゾーの言葉の軽さは、どうでしょう。広島・長崎での演説、そして今日の8月15日の演説で、不戦や非核の誓いを述べているのを読むと、白々しい気持ちになってしまいます。過去に何度も核使用(保有ではない)を容認する発言をしたことのある、自他共に認める核武装論者であるシンゾーが棒読みする原稿は、まるで心のこもらない、そして人の心に何も訴えかけないものです。こういうのを「空念仏」というのでしょう。以前から、なんでこの人の言葉は、こんなに人の心に届かないのだろうかと思っていました。いくらカメラ目線で語りかけてみても、おそろしく空疎なのです。これに比べれば、お調子者の前宰相の言葉は、是非はともかく、人の心を動かすものでした。おそらくシンゾーは心にも思っていないことを、いくらでも平気で口にすることが出来るタイプの人間なんでしょう。これからも、口ではきれい事を言いながら、「するつもりはなかった」戦争へと、なし崩し的に進んでゆくのではないでしょうか。

一方ひるがえって自分を考えたとき、僕のような立場のものは、いわば「坑道のカナリア」だと以前から思ってきました。僕には金も力もありません。できるのはせいぜい鳴くことぐらいです。ですから黙ってしまえば、それで終わりです。世の中の動きを見ていると、カナリアの真価が試される時は、意外と近くまで来ているのかもしれません。あの日と同じ(って、知らないけど)強い日差しの中で、改めてカナリアとしての覚悟を新たにした今日、終戦の日でした。

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