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2007年4月28日 (土)

カモノハシin NY

Iridium_1 マンハッタンのJAZZ CLUB "iridium"から帰ってきたカモノハシです。今夜のセットはFreddie Hubbardのバンドでした。久々のなまフレディですが、衰えは隠せません。なんだか音にキレがなくなった感じです。初めてなまでフレディを見たのは、忘れもしない30年前、第1回の Live Under The Sky (今はなき田園コロシアム)でした。あの時はもうキラキラしてたけどなあ。今日はもうほとんど若手に任せて、御大は時々短いソロを吹くだけでした。Cedar Walton(p), Slide Hampton(tb) の年寄り勢がかなりへろへろだったのに対し、若い Sax と Trampet の二人が活きがよくてよかったです。 Sax の James Spoulding と並んで写真を撮ってもらっちゃいました。写真は帰ったらアップします。

Lucerne 2日目にようやくホテルの無線LANがつながったので、ホテルの部屋から更新しています。無線LAN使うのに、なんと2日で10ドルもとるんですよ、信じられない。日本のホテルなら無料だぞ。

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2007年4月25日 (水)

くたばれヤンキース!

28日にN.Y.での登板が決まったカモノハシ・ダイスケです。
結局、準備が間に合わなくて、徹夜をしてしまいました。とほほほ。
これから仕事へ出かけて、終わってからその足で成田へ直行します。

Machida でもって、コロンビアでの発表に使おうと、駆け込みで行ってきた展覧会をひとつ。町田の国際版画博物館で開催されている「中国憧憬」展。副題が「日本美術の秘密を探れ」とあるように、日本美術は、実は中国のパクリで成り立っているというお話。狩野派なんて、もうほとんどコピペ状態。それで素晴らしいものが描けるんだから、別に悪いとは思いませんが、オリジナリティって何?っていう思いにはなります。オリジナルであることが本当に偉いのかどうか。そういえば、『国民の歴史』の尻馬に乗って『国民の芸術』なる本を書いて、日本美術はオリジナルだから偉いと力説していたおバカさんがいたけれど、ぜひこの展覧会を見に行って欲しいものです。

げっ、もうこんな時間。では、いってめえりやす。パソコン持ってゆくので、N.Y.から更新できたら挑戦してみます。お楽しみに。

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2007年4月23日 (月)

ガッテン、新刊書2点でぇい

Gaten 誕生月検診のために朝早く起きて病院へ行き、帰りにドラッグストアで買い物をしようと思ったら、まだ開店時間前だったので、新宿中央公園近辺を散歩して時間をつぶすことにした。公園のはす向かいに、地下足袋や作業服などのガテン系ユニフォームを扱う店があったので、しばらく冷やかして出ようとしたら、お店のお姉さんが僕を呼び止めて、「春・夏のカタログ、お持ちになりますか。まとめて注文いただければ、値引きしますよ」と言って、ニッセンのカタログくらいぶ厚いカタログを2冊もくれました。左は、そのカタログに載っていた写真の一枚。うーむ・・・、カッコイイのか、これは。
 それにしても、僕は内心では一応、肉体労働には向かない青白きインテリのつもりだったんだけどなあ、やっぱりプロの目から見ても「作業服の似合う男」なんだろうか。そういえば、以前、新宿駅東口のロータリーで人と待ち合わせをしていたら、オジサンに「オニイサン、仕事ある? 山の中の現場で一週間働いてみない?」と声をかけられたことがある。一週間でまとまった現金収入!正直、ちょっと心が動きました。

久々の新刊紹介。

Tamura_1最近の新書の出版ラッシュは、当然のように全体の質の低下を招いていて、もうほとんどトンデモ本じゃないかしらんと思われるくらい怪しげなものまで出ているけれど、それでも旬のネタや単発のテーマを扱うには格好のメディアであることは間違いない。
新聞広告を見て、すぐに買いに行ったこちら、田村理『国家は僕らをまもらない』(朝日新書)。ひたひたと迫る憲法改正の足音に、黙っていてはいけないと声を上げた、若き憲法学者の憲法論。
僕はよく若い人に、「国家というものは、国民が要求もしていないのに、自ら進んで国民のためになることをしてくれたことなんかない」と言うのだけれど、この本の筆者が言っていることも基本的には同じ。「国家は必要ではあるが、放置すればろくなことをしない」と訴えている。そのくらいのこと、ちょっと歴史を勉強すればわかりそうなものだけど、敵はあの手この手で歴史に目をつぶらせようとしてくるので、油断がならない。学者とは坑道のカナリアであるということを、ちゃんとわかっているこの筆者に好感を持ちました。

Kojimaもう一本は小島毅『靖国史観』。
一応専門に関わる問題でもあるので、靖国を扱った本にはなるべく目を通すようにしている。宗教で飯を食っている以上、ヤスクニの問題から逃げるわけにはいかない。学生に説明を求められたり、意見を聞かれたりした時、「いや、まあ、その、なんだな」なんて誤魔化すような真似だけはしたくないからね。
実はこの本はまだ読んでなくて、パラパラとめくってみただけだけれど、わりとおもしろそうだ。ヤスクニの問題は、靖国神社そのものの抱える問題と、靖国神社に対する政治家の姿勢や行動の問題とのふたつがあって、本来両者は別問題である。外交問題になっているのは当然後者の方であって、ヤスクニをめぐる論調の多くも後者に関するものである。実は、この後者の問題だけなら、それほど難しい問題ではなくて、もうほとんど答えは出ていると言っていいのだが、たいていの場合、論者はこれに前者の問題をからめてくるので話がややこしくなるのである。儒教史を専門とするこの本の筆者は、当然前者の靖国神社そのものの存立についてを問題にしている。簡単に言えば、靖国神社は、その成り立ちを考えると、神道と言うよりはむしろ儒教であるというようなことを言っているらしい(まだちゃんと読んでいないので)。近代の側からでなく、近世の側から靖国問題を解こうと試みている点が、他のヤスクニ本とはちょっと異なる。今も根強く僕たちを縛っている明治近代国家の歴史観をいかに揺り動かすかという点では、中世をやっている僕とも共通するものがある。とはいえ、この筆者の意見に100%賛成するものでもない。
実は、昨日顔を出した研究会で、靖国のような形で死者を神として祀ることが、中世まで遡るかもしれないことを知った。もしそうだとすると、靖国は単純に近代国家の問題として片付けられないことになる。実際、国家の論理とは別に、靖国を支えている遺族達の心性というものがあるのは確かで、そこのところがずっとひっかかっていたのだが、それを解くヒントが見つかったような気がする。靖国の問題は、意外に根っこが深い。いずれきちんとまとめてみたい。

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2007年4月 6日 (金)

メジャー初勝利!

20070315072 関西の調査旅行から戻ったら、久々に鬱のどん底状態に陥り、一週間くらい冬眠中のクマみたいになってました。もともとあんまりやる気がない人間なのに、それが何にもやる気が起きなくなっちゃうんだから、もうほとんど人間のクズです。この写真は旅行中に寄った三輪の狭井神社。旅行中はまだ元気があったんだけどなあ。

 てなわけで、帰ってきたらすぐ取りかかる予定だったコロンビア大学でのシンポジウムの発表原稿も、当然着手が遅れてズルズルと3月末の締切を突破。結局、4月3日のお誕生日は、徹夜明けのパソコンの前で迎えました。原稿は、なんとか昨日書き上げて送りましたが、我ながらひどい出来。最初から題材に無理があるのはわかってたんだけどねえ。まあ、いいや。どうせ、誰も聴きになんか来られないし。
 というわけで、25日からニューヨークへ出かける羽目になりました。Columbia大学の日本宗教センターが開催する International Symposium on Medieval Shinto という国際シンポです(詳しいプログラムは、上記リンクをクリックしていただければ、見ることができます)。日本からの参加者は、阿部泰郎・伊藤聡・末木文美士・彌永信美という顔ぶれで、僕以外はまさに錚々たるオールスターキャスト。ま、どうせ僕の役割はイロモノですからね。寄席へ行くと落語や講談といった正統派の話芸の合間に、切り紙だの独楽回しだのが出るでしょ、あれみたいなもん。きっと他の皆さんは文献資料バリバリに使っておやりになるでしょうから、僕はPowerPoint使って「いつもより余計に回して」ご覧に入れようという次第。うまくいきましたら、拍手ご喝采。
 さっきテレビをつけたら、ちょうど松坂大輔が10奪三振でメジャー初勝利を飾る瞬間でした。すごいねえ、やっぱり。シンポの期間は、ちょうどYankee Stadium で松坂vs松井の初対決が予想される頃。NewYorkはきっとその話題で盛り上がってるでしょう。僕も、NewYorkでアイビー・リーグ相手にビシッと決めたいところだけど、まずそれはないな。だって、僕どっちかっていうと松坂じゃなくて井川だもん。ボコボコにめった打ちされてあえなく降板。いや、待てよ。ひょっとすると、それよりも、開幕前に審判に吹っ飛ばされて捻挫して、3Aで治療してるかもねー。 

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