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2006年9月30日 (土)

馬鹿が戦車でやって来る

安倍内閣が誕生して、所信表明演説が行われましたが、この人の話は何度聞いても、何が言いたいんだかよくわかりませんね。
教育改革が最優先課題とかで、大学入学時期を9月にずらし、高校卒業後、大学入学までの間にボランティアを義務づけるという方針を打ち出すようです。これって、なんだかきな臭い匂いがするなあ。
じゃあ、私たちのこの「美しい国」を守るためのボランティアとして、ちょっとこの機関銃を撃つ練習をしてみよっか。あ、実弾は入ってないから、だいじょうぶだよお。ホラ、思ったより簡単だろお。これでキミも、キミの大事な人たちを守れるよね。
なんてね。もうあとひと息じゃないか。

昔、僕がまだ20代の頃、小説を書こうなんて若者にありがちな夢を抱いていて、書きかけた小説があったのを思い出した。舞台は2010年頃の近未来の日本。高校卒業後、大学卒業までの間に半年間の兵役が義務づけられていて、会社の採用は10月からになっているという設定。大学には兵役を済ませた学生も混在していて、一種殺伐とした空気が漂っている。卒業を控えた主人公が、兵役に就くべきか、忌避すべきか迷いながら過ごす日々を描くといった内容。主人公は「琴」をテーマにした卒論に取り組んでいて、『耀天記』の不弾琴説話が入れ子のように小説中に嵌め込まれている。弦を断ち切られてしまったために、危機の襲来を告げることがなくなってしまった「琴」が、いわば隠れモチーフとなっているという構造。
確か1982、3年頃のことで、G・オーウェルの「1984」をかなり意識して書いていたのを覚えている。結局、構想ノートは作ったものの、僕には小説を書くだけの才能はなくて、書きかけのままどこかへやってしまった。もちろん未来への警告として書くつもりだったんだけど、今になってみるとほとんど予言の書みたいで、なんだかシャレにならなくなってきた。安倍首相の教育改革構想を聞いて、すぐさまきな臭い匂いを嗅ぎ取ったのは、そういうわけ。

Modalalamode きな臭い話のお口直しに、最近買ったCDを一枚。
"Modalalamode (Modal a la mode)"
最近凝ってるイタリアン・ジャズのコンピレーション・アルバム。題名のとおり、最新のイタリアン・モーダル・ジャズを集めたもので、全編ゴリゴリのモード奏法炸裂でございます。

最後に、川柳を一句。
「美しい国とは、アメリカのことかと中国人」 

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2006年9月24日 (日)

國學院シンポ

國學院大學の神道・日本文化研究国際シンポジウム「神道研究の国際的ネットワーク形成」という催しを覗いてきました。国際シンポ自体は昨日で、今日はそれを受けての研究フォーラムということでしたが、Mark Teeuwenさんが来ているので、顔を見に行ってきたというのが本当のところです。
フォーラムの内容はというと、簡単に言えば、英語版「神道事典」(Encyclopedia of Shinto)のWEB公開に合わせて、神道研究のネットワークを作ろうという話でした。様々な提案がなされましたが、基本的にはインターネットを利用してできることの可能性を探るということ。具体的には、WEB版「神道事典」を核にして、國學院の図書館や博物館をリンクさせ、また全国の神社などともネットワークを作ろうという計画で、お金と人があって、著作権等の問題がクリアできれば、技術的にはすぐにも実現可能なものばかりでした。いずれもそれなりに有意義なものなので、どんどん実現していって欲しいものです。
ただちょっとばかり気になったのは、どれも國學院が持っているコンテンツをいかに発信してゆくかという話ばかりだった点です。國學院は「神道研究の国際的ネットワークの拠点」となることをを目指しているわけで、僕も残念ながら(?)神道研究の拠点になりうるのは國學院以外にないだろうと思います。けれど、ネットワークの拠点になろうと思うのなら、発信するだけではダメで、如何に情報を集めて取り込むかが重要であろうと思います。たとえば、今、欧米やアジア各国でどんな研究論文が書かれているのか、國學院にアクセスすれば英語や中国語の最新の論文リストも検索できるようになれば、それこそ「神道研究の国際的ネットワークの拠点」と呼べるのではないでしょうか。
ところが、國學院のCOEは、これまでも海外の神道研究事情を紹介する国際シンポを何度も開催していますが、いずれも各国の研究者の発表を受けて「まだまだですね、大変でしょうが、まあがんばってください」てな感じの反応で、あまりそこから何かを学ぼうという姿勢は感じられませんでした。確かに海外の神道研究は、人的にも経済的にも決して恵まれているとは言い難いため、報告も「いろいろ苦労はありますが、まあ頑張っています」というトーンになるのは仕方がないところです。研究の厚みや蓄積という点では、当然国内の研究にはかないません。しかし、欧米ではここ10年くらいの間に、神道研究のパラダイム・シフトが起きて、ただ日本人の研究を後追いするだけではない新しい時代に入りつつあることや、海外の研究者の間ではすでにネットワークが出来て活動していることに、國學院の人たちが気づいている風はありません。以前、別の場所で各国の神道学者が集まって話をするのを聴く機会がありましたが、ロシアと國學院の学者の神道観の旧態依然ぶりが際だっていて、欧米の研究者から冷笑を浴びていたのが印象的でした。その神道研究後進国ロシアからも、Anna Andreva さんのような若手の逸材が登場しています(彼女はHarvardへ行くみたいです)。果たして國學院は大丈夫なんでしょうか。まあ、COEのタイトル自体「神道と日本文化の国学的研究発信の拠点形成」というくらいですから、眼と耳は塞いだまま、大声で発信だけすれば満足ということなのかもしれません。
ちなみに神道文化学部の某有名教授が、靖国神社問題に関する毎日新聞のインタビューに答えて、「私は単なる神社本庁のプロパガンダをやっている男に過ぎない」と、のたまっちゃうくらいだから、國學院にあまり多くのものを期待してはいけないということでしょうかね。本人は開き直ったつもりだったのかも知れないけど、どう考えたって学者廃業宣言にしか聞こえない。
曲学阿世の徒は少なくないけど、自分からカミングアウトする奴は珍しいやね。驚きました。

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