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2006年7月31日 (月)

儀礼の力

またまた手前味噌ですが、秋に行われるシンポジウムのご案内です。

Arc2立命館大学21世紀COEプログラム
「京都アート・エンタテインメント創成研究」
ロンドン大学SOAS日本宗教研究センター
国際共同シンポジウム
儀礼の力(The Power of Ritual)
学際的視座から見た中世宗教の実践世界
2006年9月14日(木)・15日(金)
於:立命館大学アート・リサーチセンター

以下は、このシンポジウムの口上から。

「日本中世という時代は、多くの宗教儀礼が新たに創出され、改変された時代であった。現在、儀礼研究は民俗学や歴史学をはじめ文学、美術史など、様々な分野で行われているが、各分野における儀礼研究は、儀礼を宗教としての要素より、一つの資料や型として捉え、各文脈の中で分析されているのが現状である。儀礼における「宗教」とは、儀礼行為とそれを意味付ける思想とが一体になっているものとして考えることができる。そして、この儀礼と思想が、外部世界と相互関係を持ち、様々な反応を起こすことによって、新たな儀礼や思想が生み出され、或いは、改変されていった。この問題は、儀礼が発する力学的問題であり、これを儀礼のEmpowerment(権能)として捉えることができる。
 儀礼における権能は、様々なレベルでの意味が存在する。その一つが、儀礼の実修や上演による宗教としての機能である。この他に、儀礼を修す実修者やその演者にも権能が存在する。すなわち、儀礼によって新たな肉体を得ることができる、身体的な意味での権能である。また、このような権能を包有した儀礼が、社会的・世俗的なネットワークと連続することによって、儀礼は正統性や社会や世俗に適応した権能を帯びていくことになる。
 本シンポジウムでは、中世に作り出された儀礼行為やその思想を、従来的な枠にとらわれることなく、中世の力学的問題として捉え直し、儀礼のEmpowerment(権能)の実相を解くことを目的とする。」

「エンタテインメント創成研究」ってことですから、いかにお客様に楽しんでいただけるものにするか、ただ今思案中です。かぶり物はダメですかね、ルチアさん。いや、でも真面目に面白いものにしたいです。9月14日といえば、阪神の優勝が決まっている頃かなあ。

でもその前に、今日からは3週簡連続で計60コマという苛酷な夏期講習(死のロードともいう)が待っています。果たして体力がもつかしらん。

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2006年7月 6日 (木)

PR・宣伝・CM・広告

Shisou 新刊書のご案内宣伝です。
自分の書いたモノを宣伝するのって、僕の美意識に反するんだけど。
『東洋における死の思想』(春秋社)が出ます。2004年度の総合講座(いろんな講師が日替わりで講義をする)の内容を本にまとめたものです。いかにも安直な企画なので正直あんまり期待してなかったんですが、どうしてどうして、皆さん(僕以外)真面目に取り組まれていて、意外によい出来なので、紹介宣伝してもいいかなという気になりました。

目次は次のとおりです。
ヒンドゥー教における輪廻と解脱(宮本久義)
仏教における死と輪廻(吉原浩人)
儒教における死の思想(土田健次郎)
道教と死(森由利亜)
キリスト教における死の思想(酒井紀幸・山本恵子)
イスラーム:死と復活の思想(野元晋)
日本人の死の観念(門屋温)
浄土教における往生と死の看取り(吉原浩人)
儀礼から見る〈死〉の思想/九想図(西山美香)
地蔵信仰/血の池地獄(高達奈緒美)
ターミナルケアと宗教(曽根宣雄)

もちろん総合講座ですから、入門者向けの内容なのですが、一度講義をした内容であるせいか、全体的に学部生にちょうどよいくらいのレベルに揃っていて、意外と実用的かもしれません。
ちょうど今「死のかたち」をテーマにしたゼミをやっていて、毎週「チベットの鳥葬」やら「間引き」やら「泣き女」やらとつきあっているせいもあって、学生に参考図書として薦めるにはいいかもと思った次第。でも、羞かしがりなので、「買え」とは言えない僕。

なぜか、原稿料ではなく印税制で、一冊売れると10円ぐらい入るらしい。と、いうことは、100万部売れれば・・・・・・、ゆ、夢の印税生活。皆さん、買ってください。
ちなみに、今日、僕はキャッシュカードやクレジットカード全部入った財布を落としました。トホホ。

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